転がる五円玉

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伊賀上野城 ~超絶技術の石垣は芸術品だ~

伊賀上野城は、伊賀盆地のほぼ中央にある城です。

 

歴史

その歴史は古く、平安時代後期には平楽寺という大寺院があったとされる。室町時代は伊賀国守護である仁木氏の館があったが、戦国時代中期にあえなく滅亡。

その後筒井定次が1585年に大和郡山から移封され、伊賀上野城として築城した。この時は今の本丸の東側を本丸・西側を二の丸にして、北側に三の丸を配置したようである。

1608年に筒井定次はお家騒動で改易され、代わりに伊予宇和島から藤堂高虎が入封された。この頃は大阪の豊臣氏との関係が悪化していたので、大阪での戦の拠点として大改築が施される。有名が高石垣が建設された他、南に二の丸を設置した。なお、この際に建設中の5層天守閣が台風によって倒壊する事故もあった模様。

1615年、大坂夏の陣の結果は徳川幕府の勝利に終わり、伊賀上野城は大阪に備える必要が無くなった。このため天守は再建されず、石垣も西側だけ完成した状態でこの改築は終了となった。

なお、江戸時代にかけて藤堂家は交通の便が良い津城を居城とし、伊賀上野城は津藩の支城となった。とはいえは廃城ではなく、伊賀国の主城として政庁が設置されていた。

明治以降は建物が全て取り壊された上に二の丸の堀が埋められたが、本丸跡が公園となる。

昭和10年に伊賀出身の政治家川崎克によって天守閣が木造で復元され、今に至る。

 

概要

伊賀上野城と言えば、藤堂高虎が作った高石垣が有名です。

この藤堂高虎は加藤清正に並ぶ築城名人として著名ですが、清正の代表作が熊本城だとしたら、藤堂高虎の代表作はどこだ……?

個人的には石垣は伊賀上野城、縄張は丹波篠山城だと思います。どうして丹波篠山城かはまた別の機会にでも。

石垣については異論は無いでしょう。姫路城・熊本城など錚々たる面子を抑えて堂々の日本第二位(一位は大阪城)。たかが津藩の支城でしかない伊賀上野城が日本第二位!藤堂高虎がどれほど気合を入れていたかよく分かるようです。

ただ、気になるのは本丸の東側に石垣が全く無い点。「西の大阪に備えて西側の石垣を先に作った。東側を建設しようとしたら終戦したので未完のまま終わった」と一般的には説明されますが、本気で戦に備えようとしたら低めでも石垣を全周作るのではないでしょうか。いくら敵が西にいるとはいえ東に周れば手抜き工事がバレバレです。

なので、この石垣は高虎なりの宣伝、つまり「藤堂家はこんな技術を持ってますよ!居城を作りたいなら是非とも藤堂家に!」という広告的役割もあったんじゃないかと私は思います。

 

縄張は至極単純。北に本丸があり、南に二の丸がある。以上です。このシンプルな縄張は如何にも藤堂高虎って感じですねぇ。

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ただし、一口に本丸と言っても、意外と起伏に富んでいるのもこの城の特徴です。本丸の東半分は筒井時代の旧本丸でひときわ高くなっています。それに対して天守台のある西半分は若干低い。本丸の中に曲輪が2つあるような感じですね。

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二の丸も北側が高く・南側が低い、という地形です。普通なら名称を分けるのですが、

 

本丸は明治以降も殆ど改変されず、石垣や堀が良好に残っています。

二の丸の外堀は埋め立てられてしまい、道割にしか痕跡が残っていません。建築物としては、藩校である嵩広堂と上野高校内に手当蔵が現存しています。

 

今回は桜が舞い散る4月上旬に伊賀上野城へ行ってきました。

 

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名古屋から名阪国道を駆ける事1時間少々で伊賀上野に着きました。市役所の駐車場に車を停めていざ突撃。

 

まずは本丸大手門から入りますが……あれっ、すぐに本丸に入れたぞ。

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昔の地図を見てみたのですが、どうやら本丸大手門に枡形虎口はなく、門も設置されていなかったようです。左右に石垣があるだけですね。

 

大手門を通ってから左の坂を登っていくと天守閣のある本丸に出ました。

重厚で立派。模擬天守とはいえ木造で築100年近く経過しているし、かなりの存在感があります。

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そして本丸の西端には有名な高石垣があります!

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うーん、凄い高度感!流石です!!

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いや、これは正直ちょっと怖いなw

柵も無いので本当に崖際まで行けます。落ちた人はいないのだろうか?

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いやもうとにかく凄い。超急斜面の石垣が堀底までスパーン!!と落ちています。

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この高石垣は大阪城のように巨大な石を組み上げるのではなく、小さめの石を緻密に組んでいる点も凄い。とにかく圧巻です。日本の石垣技術の頂点と言えるでしょう。

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高石垣は後で下からも見るとして、次は天守閣へ行きます。

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いいですね、この雰囲気は十分に城です。

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600円の入城料を払って大天守の中へ。

 

ほほう、これは中々……独特ですね。「昭和初期の木造模擬天守」なので、全体的に屋敷っぽい内装になっています。

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中の展示品を見ていると藤堂高虎の兜を発見。

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うーむ、何度見てもプロペラしか見えん。

 

 

2階へ。こっちは天井が小組格天井になっており更に屋敷っぽい。

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ここには1854年に発生した伊賀上野地震による被害図が展示してありました。朱色に書かれた部分が崩壊した箇所とのこと。

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天守台の他に高石垣も一部破損した事が分かります。

 

次は3階へ。天井が格天井になりました。欄間の部分も凝ってて城なのに屋敷のような独特の雰囲気になっています。

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眺めは大変素晴らしい。伊賀の市街地を一望できます。

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こっちは本丸。石垣のあるあたりが旧本丸ですね。

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この三階には私財を投じてこの天守閣を建設した川崎克氏の銅像もあります。

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天守の建設時には火災に強い鉄筋コンクリート造にするとの意見もありましたが、川崎氏は「城は日本古来の建築であるので、日本の技法で建てる。仮に建物が燃えようとも技術は人々の中に残る」(意訳)という意見を述べて木造での建設に踏み切ったようです。

すごい立派ですが、私財を投じたからこその発言だなぁと思います。税金での建設だったらこうはならなかったでしょう……。

 

ちなみに天井には当時の著名人の書が飾られています。例えば、下の写真の左は宇垣纒で、右は近衛文麿です。

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(他にも書家や画家?の書もあったのですが全く分からず!正解は伊賀上野城3階にあるので行けば分かります。)

 

これにて天守閣の見学は終了。模擬天守だと思っていましたが、意外と凄かったですね。各地にある城風資料館よりはよほど地元への愛を感じることができました。

 

ちなみに、この天守閣は3層ですが、天守台は5層なので微妙にスペースが余っています。会津若松城のような感じです。

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小天守内は小さめのギャラリーとなっていますが、中央には井戸がドドンと鎮座しています。

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なんでもこの井戸は城の外に通じているらしい。戦国時代を生き抜いた藤堂高虎らしい実戦的な発想です。

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天守閣を降りたので本丸を周ります。

こちらは天守台の石垣。打ち込みハギがあまりにも、教科書級に見事です。

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くるっと周った先の天守台の西側には、小石がたくさん散らばっています。もしかしたら石垣の裏込め石用だったのかもしれません。

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天守台と旧本丸の間です。この広い場所に江戸時代は何もなかったのだから驚き。

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筒井時代は本丸だった旧本丸です。

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ここも石垣が見事。いや~この城はとにかく石垣が素晴らしい!

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かつてはこの旧本丸に城代役所が建っていました。

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役所跡には桜がたくさん植えられています。やっぱり城は桜の時期がいいですね~。

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まぁ桜はともかく、ここも石垣が凄い。中々の高石垣が連なっています。

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旧本丸の入口部分はこのように枡形虎口です。

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この門もあたりの石垣は石が小さいし、算木積みが未熟なのでちょっと古風な印象です。もしかすると筒井氏が作った部分かもしれません。

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これで本丸は大体見ました。大手門から外に出て、本丸の周辺を反時計回りに歩いてみます。

 

上野西小学校の近辺の石垣も素晴らしい。高さはそれほどではありませんが、とにかく隙間が無く緻密です。

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いや本当に石垣が良いな。

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ここの石垣が特に美しい。これまで見た城の中でもナンバーワン級だと思います。素晴らしすぎて感動が止まらない。

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本丸の南東には上野市の旧市役所があります。車を停めたのはここの駐車場。

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駐車場はスルーして本丸の東側へ。多分ここも堀跡です。

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本丸東側の土塁です。かなりの高さですが、西側の高石垣と比べると手抜き感は否めないですね。

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本丸の北側、旧三の丸には俳聖殿という珍妙な建物があります。伊賀出身の松尾芭蕉を記念した建築で、笠を被って歩く芭蕉をイメージしているらしい。

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この建物、結構大きいんですよね。普通のビル5階分くらいはありそう。結構インパクトあるのでおすすめですよ。

 

俳聖殿のある曲輪と本丸の間にある堀。これだけ見るとまるで中世城郭です。

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そしていよいよ高石垣のある堀端を歩くのですが……藪が濃くて中々眺められる場所がない。

と思ったら、北西角だけが伐採されてありました。たすかる。

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下から眺める高石垣。最早言葉は要りません。とにかくすごい。

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ただ、よく見たら所々で歪んでいたり、岩が抜けていたりと決して完璧な整備状況ではありません。実際に伊賀上野地震では崩壊しているように、石垣はいつまでも残っている訳ではないのです。

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だからやっぱり文化財というのは見れるうちに見ておくべきなんですよね。今はコロナで旅行に行ったと中々言いにくい状況ですが……ね。

 

それはそうと石垣へ。南東隅は堀底まで降りられるので降りてみました。

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おお~やっぱりいいなぁ。堀底からグーンと立ち上がる石垣も見ごたえ十分です。

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大坂の陣が長引いたらここに多門櫓でも建っていたのでしょうか。それはそれで見たかった気もします。

 

ちなみに、この辺りからは伊賀上野城で唯一の現存建築である手当蔵が見えます。

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上野高校の校舎に挟まれていますね。見学路等も無いので非公開らしい。f:id:harimayatokubei:20210408214922j:plain

 

上野高校からちょっと南に行くと、藩校である崇広堂があります。

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折角だし300円払って入場。

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なんだか藩校というか寺っぽいですねぇ。

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明治以降は尋常小学校になったのち、1983年まで市立図書館として利用されていたようです。このため、天井にはごく自然に蛍光灯がぶら下がっていたりコンセントがあったりします。

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うーむ、それにしても人がいない。私しか見学していないし、畳部屋にも自由に入れるのでついつい座ってしまいました。

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うつらうつら……していると20分経過!うおっ、危ないガチ寝する所だった。とても静かで雰囲気あるので割とオススメのスポットです。

 

本丸の南に広がる二の丸は市街地となっています。堀は埋められて、櫓門を備えた西大手門と東大手門も残っていません。

下の写真は西大手門跡です。クランク状になっている道路がおそらく西大手門の場所をそのまま示しています。

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また、この記事を書いている途中で気付いたのですが、堀の跡もおそらく若干残っています。下のストリートビューだと道路の右側が1mほど低くなっていますが、これはおそらく堀跡です。

 この記事を書いている間に気付きました。くっそ~行く前に気付いていればこの目で見れたのに……。無念。

 

最後上野市駅近くのハイトピア上野から伊賀上野城を遠望します。

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やっぱり天守閣があるっていいですねぇ。模擬天守ではありますが、これからも大事にして欲しいです。

なお、ハイトピア上野の最上階は自習スペースになっているので、学生の邪魔にならないよう見学しましょう。

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や、学生に見られながら一眼レフで写真撮るの普通に恥ずかしかったですけどねww。

 

感想

伊賀上野城の一番の見どころは間違いなく高石垣です。ただ、他の地点の石垣も非常に緻密に作られており、非常に美しいものが多い。特に本丸南側の石垣は一見の価値があります。

天守閣も特徴的でいいですね。模擬天守とはいえ、外観に違和感は無く風景に溶け込んでいます。屋敷風の内装も城っぽくはないですが雰囲気があります。

正直地理的には微妙に行きにくい城ですが、周辺の忍者スポットと合わせて訪れてもいいと思います。訪れる価値は十分にある城でした。

 

おわり