三連休でサイパン④ 〜75年前の海は青かったか・戦争遺構巡り~
9時間ぐっすり寝たのですが、体が重い……。風邪、というか極度に疲労している感じです。でも日本に帰る日なので、なんとしても動かなければ……。
どうにか体を起こしてダラダラしていると、歩ける程度には回復してきました。ここが南の島なのは幸いです。暖かいので体調がこれ以上悪化する事はないので。
さて今日は日本へ帰る前にドライブをします。サイパン島は縦に20kmほどの大きさなので、せいぜい30分も走れば南から北の端っこまで行けます。
最初にやってきたのはサイパン島最北端にある「バンザイクリフ」です。
名前を聞けばおおよその由来は分かるでしょう。第二次世界大戦のサイパン島の戦いで、追い詰められた日本人が「天皇陛下万歳!」と叫びながら身を投げたその地です。
非常に立派な慰霊碑が建立されています。
現在では遊歩道と柵が整備されて、安全に崖下までのぞくことができます。
うーーーむ、高い……。珊瑚礁が広がるガラパン周辺からは想像もつかないほどの断崖絶壁です。
それにしても海が真っ青。これは加工ではなく、本当にこういう色をしています。
この場で集団自決が発生してから既に76年あまり。同じ日本人が犠牲になったとはいえ、濃いリアルティーはあまり感じられません。むしろ、古戦場に近い感覚すらあります。
今だったら「アメリカ軍に投降しようよ……生きていればなんとかなるじゃん」と考える人は多いかと思います。ただ、仮に自分を追い詰めている相手がタリバンやアルカイダだったらどう思うか。おそらくは投降するのを相当尻込みするはずです。どんな残虐な目に遭うか分からないから。おそらく、当時の人々もこれに近いような感覚だったのではないでしょうか(もちろん同調圧力も相当あったとは思いますが。)
そんな事を考えながら立ち並ぶ数々の慰霊碑を見ると、なんとも言えず神妙な気分になるものです。
ちなみに、この地もはしゃぐ中国人や韓国人の観光客ばっかりで、微妙な顔をして歩いているのも我々くらいなものでした。まぁでも、それはそれで平和なのでいいんじゃないかと思います。
さて、ここから北を眺めると巨大な崖が見えています。あれはスーサイド・クリフ。次はあの崖の真下まで行きます。
車で5分程度で崖下に着きました。ここは「ラストコマンドポスト」。日本軍サイパン守備隊の最後の拠点だった所です。
階段を上り、崖の隙間を潜ると突然コンクリートの建物跡に入りました。
お、おお!意外と遺跡として残っていますね!この微妙な朽ち果て具合は小笠原の戦争遺構を思い出します。壁に穴は開き柱は削れていますが、非常に頑丈な造りだから現在まで残っているのでしょう。
この他には特に建物が無いので外に出て、下まで戻りました。
周辺には韓国、沖縄、日本の政府公式慰霊碑があります。下の写真は1967年に琉球政府が建てた慰霊碑です。
アメリカ統治下で経済的にも復興していなかったためか簡素な台と石碑があるだけですね。サイパンでは9000人もの沖縄県民がサトウキビ畑で働いており、殆どの人が亡くなったと言われています。
近くには日本政府の慰霊碑もあります。
こちらは大変立派です。旗が良い感じにはためいていて写真映えする。
近くには日本軍のチハ中戦車の残骸が放置されていました。
なんというか、思ったよりも小さいですね。小型SUVくらいな感じ。これでアメリカのシャーマン戦車と殴り合えたのでしょうか……?
この他にも慰霊碑などありましたが割愛。次は崖の上に行ってみます。
丘を登る事10分くらいで崖の上に着きました。ここが「スーサイドクリフ」です。海に面したバンザイクリフと同じように、サイパン島の戦い末期に日本人が自決を遂げた場所です。
バンザイクリフと違い崖下は覗けませんが、同じく素晴らしい景色を望めます。
相変わらず海と空の色がすごい。海の色が地平線に滲むほど相変わらず海は青いですねぇ。
下の写真は1945年時点でのバンザイ・クリフ周辺です。
驚きべき事に占領からわずか1ヶ月で眼下のジャングルに空港を造ったというのです。いくら土地が平坦だからって……凄すぎる。流石は米軍です。
スーサイド・クリフの背後にはガラパン周辺のサンゴ礁が見えます。浅瀬と外洋の海の色の差がくっきり分かれていて面白いですね。
ちなみにこれが今回借りたマツダのハッチバック。別に事故っている訳ではありません(笑)
そろそろ昼飯の時間なので、島南部まで来ました。車で30分くらいの距離ですね。
今日の昼食は南国らしくマンゴーパンケーキ!うまそう。
と思って食べようとした時、スカイマークから1通のメールが届いたのです!!
け、欠航!?
ここからの顛末は下記記事にて!
harimayatokubei.hatenablog.com
結局その後、スカイマークの事務所に突撃して翌日の臨時便を確保して、
空港近くの安宿にチェックインしました。
遠くにカジノが見えています。この付近は大きなホテルも無く地元民がのんびりしている雰囲気。
完全に結果論ですが、風邪気味の体を休ませる事ができたのでラッキーでした。あのまま寒空の日本に戻っていたら間違いなく本格的に寝込んだでしょう。
この日は特に何もせず夕陽を眺めた後に就寝しました。
日は変わって1月14日。昼頃までひたすらダラダラしてから出発。と、言っても特にやる事はないので近所のレストランへ。
海沿いにあるレストランOLEAIです。
このレストラン、なんと客席の横がビーチなのです。素晴らしい。
ステーキを食べながら、ふと顔を上げると白い砂浜と青い海が見えます。
値段もお手頃で素晴らしいレストランでした。絶対に訪れた方がいいです。綺麗な海を見ながらの食事ってとてつもなく満足度が高くなるのですね!!
なお、屋内の席もあるので雨天でも大丈夫です。
さて、近くにあるマウントカーメル大聖堂に来ました。北マリアナを統括する司教座聖堂なのでただの教会ではなく大聖堂です。
ロマネスク様式のシンプルなファザードが南の島感ある。
内部は比較的簡素でこんな感じ。よく考えるとアメリカなのにカトリックなんですね。スペインの植民地だったからでしょうか。
教会の南には静かな墓地があります。
実はこの墓地、よくよく見ると日本風の灯篭が所々にあるのです。
じつはこの場所は南興神社跡地です。墓地を真っすぐ通る道は参道だったよう。撤去されなかった灯篭が3つほど現在でも残っています。
実は地球の歩き方には「鳥居が残る」と書いてあり、旅行記などを調べても確かにあるのですが……私たちが来た時にはなぜか無くなっていました。
下の写真は鳥居跡?と思われるコンクリートです。
ツイッターでの真偽不明情報ですが、2019年の台風で折れてしまったようです。むむむ70年以上残っていたものが数か月の差で見られないとは。残念無念。
時刻は既に3時なので空港へ戻ります。ちなみにレンタカーは前日に1日延長してあります。
サイパン空港に2機並ぶスカイマーク機。この光景も火山で欠航にならないと見られませんでしたね。
この後、無事に日本に帰って帰宅しました。
まとめ
サイパンは昔から南の島として著名な観光地です。マニャガハ島の綺麗すぎる海、バンザイ・クリフの群青色の海、カジノに美味いごはん!!どれを取っても申し分ないクオリティでした。東京からわずか4時間でこれはすごい。時間対効果で言えば最高に近いと思います。もちろんスカイマークは安いので費用対効果も抜群。
思ったよりは田舎でした。市街地とはいえ昼間は人が少なく、ハワイやグアムを想像して来ると拍子抜けするでしょう。あくまで、のんびり、ゆっくり、綺麗な自然を楽しむ島と言えます。(そんな島にカジノがあるのはどうなの?という話もありますが、それはそれ。)
また、かつては日本人ばっかりだったようですが、現在では中国人5割、韓国人4割という状況です。今でこそサイパンの人々は日本語を結構喋れますが、今後はどんどん通じなくなると思います。日本人としてそれは寂しい話なので、個人的には今後も暇があれば積極的に訪れたい土地です。
それもこれも、スカイマークが日本→サイパンに就航してくれたおかげです。頑張れスカイマーク!!(パラオ便も待ってるぞ!)