転がる五円玉

大学院一年生のみたままを書こうと思います。旅行・アイマスなど

真冬の青ヶ島旅行 2019年2月 Part2:暴風の三宝トンネルと丸山・ふれあいサウナ

ビュー

ゴォー

ヒューー……

夜半からそこそこの強風に見舞われましたが、そこそこ寝られました。雨が降っているのでしばらくテントでゴロゴロします。ちなみに、この日のあおがしま丸は高波で欠航になりました。

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この時の天気図がこちらです。関東南海にガッツリ前線が乗っかっており、南風が吹き荒れています。こうなると船はまず出ません。

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出典:気象庁HP「過去の天気図」

 

9時頃に雨が止んだので外に出ました。改めて見ると崖の存在感がすごい。
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写真では伝わりませんが360度を崖で囲まれており、海の気配を一切感じません。安全ではありますが、閉じ込められた感が非常に強いです。

非常に不思議な空間です。島は開放感あふれる雰囲気の場所が多いのですが、ここは山間の村のような閉塞感を感じます。

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集落の方は昨日大体巡ったので、今日はカルデラ内(池の沢地区)を周ります。まずは昨日使った三宝港まで行ってみる事にしました。
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カルデラ内の湿度と森の密度がとにかくすごい。笹ばっかりの集落とは植生が全く違いますね……殆ど別の島です。

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都道沿線には五洋建設の作業所があります。流石はマリコン界の雄。三宝港の工事を遂行できる会社はここくらいなのではないでしょうか。
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丸山の斜面だけではなく、この辺りからも水蒸気が地面から吹き出ています。
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よ〜く見たら噴気孔付近に生育している苔から蒸気が出ています。触ってみるとぶにょっとした触感です。恐ろしく気持ち悪い。

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三宝港に至る青宝トンネルの入口に着きました。外輪山を貫通する長いトンネルです。

それにしても風が強い!!前に進めないような暴風が港の方から吹いています。港はどうなっているんだ一体……?
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こうなっていました。思いっきり高波が打ち付けています。実はこれトンネルの出口付近から撮った写真です。風が強すぎて一歩も前に進めないため、港へ行くのは断念しました。
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まだ港から吹いているので立つことができますが、トンネルから出たら冗談ではなく吹き飛ばされていたかもしれません。誰もいないし結構怖い。

トンネル内が暴風になっている理由も地形を考えれば納得です。

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外の暴風が逃げ場を失ってトンネルに吹き込んでいるようです。

とにかく穏やかなカルデラ内とのギャップに驚きます。外との交流を遮断している外輪山ですが、太平洋の激しい自然からカルデラ内を守っている事を痛感しました。

 

ほうほうの体でキャンプ場まで戻ってきました。カルデラ内は港と違って風は穏やかに吹いています。

さて、お次は青ヶ島名物「地熱釜」で昼食を作ります。この「地熱釜」は先程のような地面からの蒸気を利用して料理を蒸すことができる施設です。

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昨日のうちに商店で買っておいたジャガイモと玉ねぎ、ソーセージを釜に入れます。

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蓋を閉めてから下のバルブを上にして蒸気解放!!ブシューという音がして釜の中に蒸気が流入した事が分かります。この蒸気は思ったよりも相当熱くおそらく100℃近いのでバルブ解放後は蓋を開けないようにしましょう。私はバカなので様子見しようとして手首を火傷しました。

昨日の商店の方曰く「30分でも大丈夫だろうけど、1時間程度は待った方がいい」との事なので1時間待ちます。

 

待ち時間の間に内側のカルデラである丸山を巡る遊歩道を歩きます。入口がいきなり訳わからん感じに藪っています。島にありがちな感じ。

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藪い場所は入口だけで、中は普通に歩けます。ちなみに山靴ではなく普通のスニーカーです。
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こちらが丸山のカルデラです。うおお……思ったよりも深い……。昨日に大凸部から見たときは小さそうだったのですが、いざこの場に立つと結構な大きさがある事が分かります。
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これに限らず青ヶ島は地図では分かりにくい上下方向の落差に驚かされます。

遊歩道もジャングルのような様相を呈してきました。そこらに生えているオオタニワタリが絶妙な南国感を醸し出しています。

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ちなみに、オオタニワタリ絶滅危惧種ⅠBに指定されている貴重な植物なのですが、青ヶ島ではそこら中で見る事ができます。渡航が難しいせいで乱獲されていないからでしょうか。

こちらは道中にある富士様という神社です。
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江戸時代の大噴火で避難する際に置き去りにした妊婦や老人の霊を慰めるものです。

※この江戸時代の大噴火と島への帰還の一部始終は「環住」と呼ばれています。wikipediaの記事を読むべし。

丸山を1時間程度かけてのんびりと一周したので、蒸気釜の方に戻ります。

 

バルブを閉めてから蓋を開けます。ほぉ……結構蒸されているっぽいですね。
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ビニールの端を摘んで外に出します。熱々の玉ねぎを指で押すと柔らかくなっており、これはいけると判断。芋の皮剥き若干苦戦しつつも、なんとか本日の昼飯を用意しました。
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ソーセージ5本とじゃがいも2個、玉ねぎ1個の素朴な献立です。味については言う事はないでしょう。最高です。

アウトドアでは焼く、煮るが多いので、蒸す料理を食べる事は非常に新鮮で楽しい。島でも大抵の野菜は手に入りますが、冒険心がある人は本土から食材を持ってきてもいいのではないでしょうか。

 

蒸気釜近くの東屋で昼食を食べている間に突然大雨が降ってきました。
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と、思ったら晴れてきました。
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すっかり忘れていましたが、ここは島でした。天気が変わりやすいのも当然。

 

青ヶ島からの脱出は船が出次第だと考えていたのですが、八丈島までのヘリコプターの予約状況をネットで見たら明日の便に空きを発見しました。船より1万円高いのでちょっと悩んだものの、明日も船は出なさそうなので予約しました。これで東京に確実に帰れる!

また、キャンプ場からヘリポートまでは徒歩1時間以上かけて登らなければなりません。流石にしんどいので、ヘリポート付近の宿を予約しました。

結果的にあおがしま丸とヘリコプター、キャンプと民宿の全てを経験する事になりました。

 

朝から曇っていましたが、この大雨を境に晴れてきたのでカルデラ内を適当に散歩します。これはハウス内で飼われている鶏。
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これは道端の石垣。昔は人が住んでいたような痕跡です。
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カルデラ内は一見するとジャングルですが、時々畑が存在しています。
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雲が吹き飛ばされ快晴になってきました。

これは産業廃棄物置き場と外輪山です。人口160人の島には似つかわしくない量が積まれており、この島の建築業が如何に盛んか思い知らされます。
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こちらはブランコがある謎の広場です。春には桜が綺麗らしい。
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麦畑……でしょうか?機械を使わないようなプリミティブな耕作が実施されています。
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この日は気温が18℃もあり、結構汗をかいたのでサウナに入ろうと思います。蒸気釜の近くには地熱を利用した「ふれあいサウナ」があります。
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利用時間と料金はこの通り。平日は16時からなのでちょっと不便。
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サウナとシャワーだけ!みたいな簡素な施設をイメージしていたのですが、待合室も設置されており意外とちゃんとしています。
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シャワー室です。奥の扉の向こうにサウナがあるのですが、地熱によって建物全体が熱されており既に猛烈に蒸し暑くなっています。
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肝心のサウナも本格的で申し分ないです。大地の力であったまる感じは中々いいですね!サウナと水シャワーを繰り返して結局1時間くらい入っていました。

 

サウナでへろへろになって宿の迎えを待ちます。

青ヶ島の宿は基本的にどこにいても迎えに来てくれます。まぁ普通の観光客はレンタカーを使っているので迎えを頼むのは最初だけですが。

ちなみに、この辺りには地熱であったまる猫がいます。
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本日の宿「杉の沢」の主人が軽バンで迎えに来てくれましたので、集落まで戻ります。

チェックインしたらちょうど日没の時間になりました。まだ晴れているので今夜は星が綺麗に見えるかもしれません。
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日没を眺めていたらヘリポートの方からバババという爆音が聞こえたので行ってみました。八丈島へのヘリは時間が違うような、と思ったら東京消防庁のヘリでした。どうやら発着訓練のようです。
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ノコノコ近づいていったのですが、風圧が凄い!1cmくらいの小石もバシバシ飛んできます!!思わず少しあとずさりするほどです。

ヘリは離陸をして東京方面へ飛び去っていきました。

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駐在さんによると普段のヘリよりも馬力が強いせいか風圧もすごかったとのこと。こういう訓練は年に3回くらいなので居合わせたのは運が良かったようです。

 

6時30分になったので夕食を食べます。私以外の宿泊客は全員仕事で来ている人でした。やはり2月は観光客が少ないらしいですね。f:id:harimayatokubei:20190208092318j:image

 

晴れているので宿の前で星空を撮ってみましたが、風が強すぎる上に雲も出ていてかなり微妙な結果に……。翌日の早朝に再チャレンジします。

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つづく

 

 

真冬の青ヶ島旅行 2019年2月 Part1:あおがしま丸で上陸・大凸部へ

伊豆諸島最南端「青ヶ島」ーーー

日本に星の数ほどある島の中でも最も渡航が難しいといっても過言ではないでしょう。

「学生のうちに行くしかない!」という決意を抱いて、行きは船、帰りはヘリコプターで青ヶ島を2泊3日で旅行してきました。

青ヶ島渡航計画の立て方については別記事にて

 

知ってのとおり「船で行く」とは言っても2月は就航率が4割を切っているため、そう簡単には行けません。私も本来は1月31日に行こうとしたのですが、その日は南岸低気圧の影響で八丈島沖は大時化に!!

あおがしま丸どころか八丈島行きの橘丸まで欠航してしまいました。その後の2月1日、2日と高波は続き八丈島への渡航機会を家で伺います。

そして、2月2日(土)に気象庁の波予測を見たところ、翌日の2月3日(日)は波が多少は穏やかになることが分かりました。日曜日は本来は運休日ですが、その前に数日運休している場合は臨時運行する可能性があります。

2月4日は再び大荒れの予想なので、行くならこのチャンスしかありません。もしもスケジュール通り運休したら八丈島観光をして帰ります。

 

   賽は投げられた。いざ、青ヶ島へーーーー

 

 

毎度おなじみ竹芝桟橋。閑散としている客の中でも特に釣り人が目立ちます。

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淡々と乗船手続をして黄色い船体が特徴的な橘丸に乗船します。

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橘丸は2014年就役の比較的新しい船なので、2等和室でも隣との間に仕切りが設けられています。

が、この日はそんなもの関係なく8人分のスペースを占拠!!かーっ!他人がいないって最高だな!!!
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三宅島到着で起きたりしたものの6時間くらいは寝れました。

朝の7時過ぎに東海汽船の運行状況を見たら、あおがしま丸が「条件付き就航」になっていました。

 

フ、フ、フハハハーーwwww 「高波で欠航」「臨時が出なくて欠航」という賭けに勝った瞬間です。

 

BSニュースを観ていたらいつの間にか八丈島に到着しました。東京から10時間と中々の遠いですね。

風が微妙に暖かいです。微妙に、ですが。

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少ない乗客もすぐにどこかに行ってしまい港は閑散とした空気感です。青ヶ島行きのあおがしま丸は1時間後の9時30分出航です。乗り継ぎが考慮されているため、基本的には乗り遅れません。

青ヶ島行きの乗船券は3階建の船客待合室の一角で売られています。
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片道2760円です。船には2等和室しかありません。本当に青ヶ島に行くとなって思わず身震いしてきました。

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八丈島の底土港はテトラポットの生産拠点になっているせいかクレーンやタンクローリーが行き交い港というより工事現場のようです。沖合に停泊しているあおがしま丸が小さく見えていますね。
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それにしても待合室が閑散としています。こんなに大きい建物を作る意味はあったのだろうか。
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橘丸が東京へ引き返してから、あおがしま丸が入港してきます。この入港作業を間近で見ていたのですが、あおがしま丸の小ささに驚きました。排水量はわずが460トンです。橘丸の10分の1以下ですね。

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当然、客室も小さく、写真に写っている範囲しかありません。しかもこの日の乗客は私を含めて2名のみ!ローカル路線バスみたいです。こりゃとんでもない島だなぁ、と改めて思いました
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船内には一応甲板がありますが、あくまで一応です。1分もあれば船内全部周れるでしょう。
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出航しばらくは八丈島の影に隠れて波も比較的穏やかですが、島を離れた途端に揺れ始めました。立っていられないレベルだったので、大人しく船室に戻ります。幸いにも寝不足だったのですぐに昼寝できました。

 

2時間後に目が覚めました。先ほどより数段強く揺れています。なんとなくデッキに出ると、船の行き先に島影が見えていました。
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デ、デカい…。想像よりもだいぶ大きい…。

10分も眺めていたら島がどんどん近づいてきました。

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デ、デカい!!青ヶ島の面積自体は大きくはないものの、体積が大きいためか島全体から威圧感を感じます。サンゴ礁でできた平べったい沖縄の島々とは明らかに違います。

島の周囲も崖ばっかり。軍艦島もびっくりの無茶苦茶な形です。
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島が見えてから20分後くらいに島の南西にある三宝港に入港しました。入港と言っても港自体が外洋に突き出ているため波が高いままです。ほぼ止まりかけの船は激しく揺れており、普通に船酔いしました。オエ~~ッ

島の陸地がすぐそばに見えますが、陸地感がなく、コンクリの塊と言った印象です。
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3本のロープで無理矢理係留したものの、船は2m近く上下に揺れています。もしかして飛び降りるのか!?と思ったらタイミングを見計らってタラップが掛けられました。係員の「ハイ!行って!!」という掛け声と共に下船します。

 

下船して船の写真を撮っていると「邪魔なので早く上に上がってください!」との声が。この港は貨物第一優先ですね。青ヶ島の生命線ですし仕方ない。
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港の上の方に行くと駐在さんに話しかけられました。

「帰りのヘリは予約してある?」

「いや予約してないです!」

「えっ、そうなるとしばらく帰れないぞ。うーん、金はある?」

「一応6万は持っています」

「なら大丈夫か!」

う〜む……初っ端から不安になる会話です。船がしばらく出ない事は知ってはいますが、島民から直接言われると重みが違う。

 

ちなみに普通は予約した民宿の方に迎えに来てもらい、集落まで向かいますが、今回はキャンプをするので徒歩で行かねばなりません。しかし、偶然にも役場の方がいらっしゃったので、上の集落まで送って頂ける事になりました。

役場の方がいなかったら5km登り300mを徒歩で登る羽目になっていたので大変な幸運です。なお、この島で徒歩移動がいかに大変かはこの後嫌という程思い知らされます。

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役場の方の仕事が終わるまで港の上の方で待ちます。

噂には聞いていたもののこの港、すごい。港といえば波も穏やかで比較的のんびりした風情の場所が多いのですが、この三宝港は全くそんな事ありません。常に高波がドッパンドッパンと音を立てて打ち付けています。
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それにコンクリートの吹き付けがものすごいです。黒部ダムもかくやというような高所までガチガチに固められています。

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どうやってあそこまで工事したのか非常に興味深いですが、「国内屈指の秘境」のはずななのに初っ端からコンクリートジャングルとは恐れ入りました。

 

役場の方の用事が終わったので集落へ向かいます。2本のトンネルとかなりの急斜面を車でゴリゴリ登っていきます。
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正直この辺は船酔いが回復しておらずあまり覚えていませんwww

 

青ヶ島村役場に着きました。建物が小さい……。流石は日本最小の自治体です。
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役場でキャンプ場の使用受付をします。基本的は普通のキャンプ場ですが、飲み水はキャンプ場には通っていないので集落で汲んでから行くこと、との注意を受けました。

受付を済ませて自由行動開始。

取り敢えず島の最高所である大凸部に行くことにしました。

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集落の端から続く道をひたすら登っていきます。標高差150mくらいでしょうか。結構キツい。
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ヒーヒー喘ぎながら登ると突然視界が開けました。
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おぉ〜これはすごい。中々豪快な眺めです。島を縁取るように囲む外輪山と中央のカルデラの形が大変よく分かります。
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それにしても360度海ばっかりで島の他に何も見えません。絶海の孤島という言葉がぴったりに思えます。大海原にここまでダイナミックな形をした島がある「突然感」はこの地に降り立たないと体感できないと思います。とにかく異様です。

大凸部は標高400m以上あるため海はかなり下に見えます。この日は雲が適度にあって美しい風景になっていました。

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大凸部を降りて、東台所神社に向かいます。大凸部への登山道から分岐する形で参道が伸びているのですが、

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この参道が曲者だった。体感では垂直で、間違いなく斜度45度はあります。とても立って歩けず、四つん這いになって恐る恐る登っていきます。
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足元の玉石が崩れたら冗談ではなく滑落しますが、思いの外頑丈に設置されていて助かった。

で、参道を登ると社殿が現れます。薄汚れた朱塗りが独特の雰囲気を醸し出しており、長居をする雰囲気ではありません。
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取り敢えず手を合わせて先に行きます。東台所神社と尾山展望台はしっかりとした道で繋がれており容易にアクセス可能です。

 

尾山展望台からの眺めは大凸部とあまり変わりません。こちらの方が大凸部よりも集落からのアクセス道が整備されているので、夜に来るとしたらこっちでしょう。
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尾山展望台から集落までの道沿いには緑色のシートが敷かれている場所があります。「中国の緑化政策みたいなことやってるなぁ」と思いきや、これは”集水域”のようです。つまりこのシートで雨水を集めて濾過して水道水にしているのです。
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この集水域の下には貯水池と浄水場があります。

 

こちらは小中学校のグラウンドです。青ヶ島小中学校は小学校5人、中学校6人の計11人が在籍しています。11人の生徒に対する教職員数は27人であり、教員1人あたりの生徒数は驚異の0.4人です。正直羨ましい。
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校舎も鉄筋3階建てで超豪華です。これは教育機関と共に、住民の集会所としての役割もあるためです。まぁ、正直言って青ヶ島の光景ではかなり浮いている存在ではあります。

 

集落を横切ってヘリポートに向かいます。
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一日1本、朝にしかヘリは来ないので、この時間帯は閑散としています。よ〜く見るとAOGASHIMAとペイントされています。

ヘリポートの奥には金毘羅神社があります。金比羅様は海上交通の守り神なので青ヶ島にあることは当然ですね。
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この神社も東台所神社のように薄暗くておどろおどろしい雰囲気です。手を合わせてすぐに退散しました。

 

ヘリポートの北、青ヶ島最北端付近には笹原が広がっています。若干の平坦地になっており、そこは”ジョウマン共同牧場”になっています。
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牧場だけど牛がいないな?廃業したのかな?と思いきや牛舎の裏手に何頭か寝そべっていました。

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意外と大きい。

畜産は青ヶ島の伝統産業であり、牛祭りなるお祭りが年に一度開催されるようです。

 

 

こちらはジョウマン牧場に至る道にあるゴミ処理場です。そういえば離島のゴミ処理はどうなっているのでしょうか……?
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雲の多い1日でしたが、時々陽が差し込んで集落を照らしています。やっぱり学校(写真の右上)が目立ちますね。
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さて……ぼちぼちキャンプ場へ行かないといけない時間になってきました。

村に一軒だけある商店で水や食料を買い出します。お菓子から生鮮食品、焼酎や島の生産品もあるので、おみやげもここで買うことになります。
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集落から海を眺めると雲がどこまでも広がって幻想的な雰囲気になっています。素晴らしい開放感ですが、毎日見ていたら飽きそう……。
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さて、キャンプ場へ向けて歩きます。距離は3.6km、標高差は下りで200mもあります。
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島のメインストリートである都道を下っていきます。所々に「村内電話」があります。これは携帯の圏外で緊急事態が起こった時用のものでしょう。
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途中に「平成流し坂トンネル」があります。都道なのに素掘り吹き付けですか!

緑色の照明が独特の雰囲気を醸し出しています。FF7っぽい。
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トンネルを抜けて外輪山の内側に出ました。当然のようにコンクリートで崖が固められています。右は崖、左も崖のとんでもない道ですが、青ヶ島の道は大体こんな感じなのでそのうち慣れます。
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カルデラ内まで降りてきました。キャンプ場まであとちょっとです。ちなみに都道カルデラ内〜集落を結ぶ唯一の道なので交通量はそれなりにあります。
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日没20分前にキャンプ場に到着しました。急いでテント設営しますが……ペグがない!?

……どうやら家に忘れてきたようです。しょうがないので細引きを木と結んで無理矢理なんとかしました。
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適当に夕飯を作って適当に食べます。ソロキャンは自由度が高くてのんびりできるのがいいですね。
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飯も食ったし星を撮りましょう!

が、雲量が多くてろくな写真が撮れませんでした。晴れていれば良い写真になったと思うのですが、残念。
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harimayatokubei.hatenablog.com

つづく

秋の長崎旅行 2018 3日目 丸出山堡塁と九十九島

風邪は悪化も回復もせず朝を迎えました。足は動くし食欲はあるものの咳が止まらない。普段だったら寝るけど旅行先なので当然外出します。本日は夜に東京まで戻るので実質半日の行動ですね。

 

最初に行くのは丸出山堡塁です。堡塁とは陸地を守る陣地のことです。日本軍では砲台は外を攻撃するため、堡塁は内を守るため、と使い分けていたようです。

丸出山堡塁は佐世保港を守っていました。明治34年竣工なので100年以上前の建築物ですが、保存状態がよく眺めも良いらしいので行ってみました。

 

宿から車を走らせること10分、車一台がやっと通れる細道を登ります。丸出山堡塁は観光地化されておらず、山中の一軒家の私有地にあるため、そこらの林道と変わりない細道しかないのです。

FITでどうにか一軒家の近くまで来れました。ここからは徒歩で行きます。

 

看板に従い畑の横を歩いていきます。いい天気だぁ。
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登った先に突然石造りの建物が見えてきました。

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これが丸出山堡塁の装甲観測所です。かなり頑丈な造りになっているためか、綺麗に残っています。築117年とは思えないです。

上には装甲掩蓋がほぼ完璧に残されています。石造りの土台と違って鋼鉄製の掩蓋が残されている事は驚嘆に値します。というか初めて見ました。
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中に入って隙間から外をみると九十九島がよく見えました。80年前もこのように外を眺めていた兵士がいたことでしょう。ちょっと感慨深い。
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鋼鉄製とはいえ流石に年月を経て錆び付いています。このように残されている状況もあと10年足らずではないでしょうか。
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これが装甲観測所です。堡塁は「観測」して「砲撃」する場所なので、観測所だけではなく砲座も必要です。

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観測所の情報を元に山なりに撃つシステムになっていました。

個人宅の裏手と、さらに南西の山に砲座があるようです。個人宅裏の方はちょっと気が引けたので南西の山にある方へ行ってみます。

先ほどの観測所とは打って変わって荒れた道を進みます。まぁ、スニーカーでも十分進めます。
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しかし、藪は段々と濃くなってきまして……うーん、これは辛い!もはや道の体を成していません。藪装備ならともかく普通の観光客が来るところじゃないwwww

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でも折角来たんだし。と思って先に進むと藪の中に門塀が現れました。
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おぉ……なんか古代遺跡を発見したかのようです。

門を通ってさらに進むと藪に覆われつつある建物を発見しました。
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かなり凄まじい状況です。おそらく太平洋戦争終了まで使われていたのでしょうが、わずか70年で「遺跡感」を醸し出しています。
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基本構造は観測所とほぼ一緒のようですね。中に入れそうでしたが流石に勇気がなかったです。
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見れば見るほどすごい……。藪を取り払って整備すればかなり大規模な遺構が発掘されるのでしょうが、この藪だらけの様子も趣があって良いですね。

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門〜砲座の少しの間だけ藪が薄かったのでかろうじて写真は撮れましたが、周囲は濃い藪に囲まれていたためこれ以上の進撃は断念しました。それにしても10月でこれなのに、夏場に来たらどうなっていることやら。

遺構の残存状況は非常に良好なので割とおススメです。観測所の方は足元もしっかりしているし眺めもいいので。でも砲座は普通の観光客が行くところではないです。遺跡の発見感を味わいたい人にはおすすめですが。

 

丸出山堡塁を後にして佐世保市街に向かいます。堡塁でガサガサやっているうちにお昼になったので、佐世保バーガーを食べることにしました。

向かった先は「ログキッド」という店です。有名店のようで30分ほど待ちました。
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普通に美味い。パン肉野菜の調和が取れており、「パン+肉+野菜」ではなく「ハンバーガー」として一つの料理になっています。この値段でこの美味さはは素晴らしいですね。佐世保に住んでいたらリピーター不可避。

 

佐世保といえば海軍というように港には自衛隊と米軍の基地があります。自衛隊基地では休日に護衛艦公開をしているようなので行ってみました。

写真の船は護衛艦「さわぎり」です。1988年進水の中々年季が入った船ですが、ソマリア沖に2回も行っている歴戦艦でもあります。
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内部公開もしています。
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休日に毎回公開しているのは羨ましいですねぇ。まぁ3回も行ったら飽きそうですが。

自衛隊基地からは米軍の揚陸艦グリーンベイ」が見えます。マストがつるつるなのですぐに分かりますね。
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見学を終えて適当に街の方に行きます。佐世保は人口25万人のそこそこの規模の地方都市であり、そのため中心街の商店街は割と賑わっていました。
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ただし、この賑わいはイオンモールが無いからであるような気もします。長崎県は山がちなせいか大規模なショッピングモールがほとんどありません(俺調べ)。こういう光景を見ていると、土浦や水戸も昔はこんな感じで賑わっていたのかな……と少し寂しくなりました。

 

さて、そろそろ長崎空港へ戻る時間になりました。穏やかな大村湾を眺めながら国道34号を南下していきます。長崎県は海と陸が激しく入り組んでいる地形のせいで、海との距離が非常に近いですね。実際に3日間の観光で海と関係していない所は殆どありませんでした。

この独特の風土ゆえに関東とは全く違う光景が至る所に存在します。適度な異国風情もあって国内の旅行先としては申し分ない場所でした。

 

なお家に帰って熱を測ったらこの通り。
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不覚……!これからは旅行前はいつも以上に体調に気をつけなければ!!

彭丹「中国と茶碗と日本と」 感想

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2019年現在、国宝に指定されている茶碗は全部で8点、そのうち5点が中国産、1点が朝鮮産、2点が国産となっている。国宝は「日本の宝」であるはずなのに、外国産が大半を占める。不思議だ。

また、中国では出来損ないの茶碗が、日本では「侘び」の極致として尊ばれている。これも不思議だ。

そして、日本における全ての茶碗の頂点に君臨する「曜変天目」は現存する全てが日本にあり、産地であるはずの中国には1点も残っていない。不思議だ。

 

本書はそうした茶道と茶碗に関する不思議を、中国人である著者が中国文化と日本文化の対比を軸に推理していったものである。著者は中国古典への造詣が深いため、随所で古典の引用が見られる。このため、ちょっと茶道をかじった人間には到底不可能な強固かつ説得力のある論理が展開される。

 

 「答えは歴史のみが知っている」みたいなお茶を濁す内容ではなく、推測を交えつつも確固たる答えを提示している。こういう所が中国人っぽい。

 

本書ではいくつかの茶碗を軸に展開されるが、個人的に興味があったのは珠光青磁茶碗と曜変天目なので、この記事ではそれらについて簡単に説明する。

①珠光青磁茶碗

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出典:表千家HP 珠光青磁茶碗

  • 中国…出来損ないの雑器。農民が使っていたようなもの
  • 日本…侘び茶の祖である村田珠光が愛した名碗

写真を見れば分かる通り、黄色い茶碗である。本来、青磁とは青くなるはずなのに、黄色くなってしまっている時点で出来損ないであり、筆者は「地方民窯が農民のために造った生活雑器であろう」と推測している。その出来損ないがなぜ有名かというと、侘び茶の創始者である村田珠光が好んでいたからに他ならない。では「侘び」とはなんなのだ。筆者は日本人の友人に聞いてみたところ「侘びは寂しさを意味する、日本の文化だよ」と言われたが、納得していない。中国にも侘びはあると主張する。

例えば、

秋陰不散霜飛晩
留得枯荷聽雨聲

という詩がある。

これは「どんよりとした秋空が広がるが霜はまだ降りてこない。枯れた蓮を打つ雨の音が心地よい」という意味である。私からしても「侘び」の感性に非常に近いものを感じる。

と、こんな風に中国にも「侘び」っぽい文化はある。では、なぜ日本の村田珠光だけが出来損ないの茶碗に注目したか。筆者は珠光が自分の茶道の斬新さをアピールするためという身も蓋もない推論をしている。つまり、「きちんとした青磁茶碗は高価すぎて手が出ない。でも出来損ないなら貴族じゃない俺でも手に入る。それに今までの青い茶碗と違って色も斬新だ。この黄色い茶碗を中心に俺の茶道を創って、有名になろう!」という訳である。このことから、日本文化の「侘び」も中国の青磁を尊ぶ文化を元にしてできた、と筆者は解釈している。

 

いやしかし……中国人だけあって日本人では考えつかないような、考えついても言わないような発想をズバズバ言ってくる。しかも、千利休古田織部も二足三文の品物を「千利休お墨付き!最高の逸品!」みたいなセールス文をつけて売り、莫大な利益を得ている。*1

しかも、出来損ないの茶碗が日本に輸入された経緯も、日本では唐物茶碗がやけに高値で売れるので、出来損ないでもワンチャン売れそうだと当時の商人が思ったから、というこれまた身も蓋もない推論をしている。

 

曜変天目

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出典:静嘉堂文庫美術館HP 曜変天目

  • 中国…現存せず。破片が出土。
  • 日本…4品現存。うち3品が国宝指定。

間違いなく世界に存在する茶碗の頂点に君臨する茶碗である。写真を見れば分かるがとにかく凄い。

これに関しては珠光青磁と違って素晴らしさは中国にでも広く認められている。ではなぜ、中国で残っていないか。筆者は曜変天目が偶然の産物である事が原因であると断定した。

中国において窯の神様は風火窯神と呼ばれ、「火」は神聖視されてきた。例えば、朝廷の命令で焼き物を造ろうとしたが、なかなか上手く焼けず陶工が皇帝から殺されそうになったとき、火を見る陶工の娘が窯火の中に飛び込んだ。すると、素晴らしいものが出来たという。日本の人柱に近い概念かもしれない。この話は中国において窯火がいかに神聖で神秘的で人智の及ばない領域であったかを示している。

この人智の及ばない領域とは「天」のことである。中国では王朝は天命を得て人地を治め、天から見放されると滅ぶ(とされた)。洪水や疫病のような人智を超えた異変は天からの警告とされる。

曜変天目はこの人智を超えた異変」の一種と解釈されたのである。曜変天目は、油滴天目や禾目天目と違って造ろうと思って出来たものではなく、偶然出来たものである。そのため、曜変天目は天が朝廷に警告を与えたから出来た、と捉えられた。しかも、「黒」は死後の世界を意味する色である。不吉すぎる。このため、曜変天目は世に出ることなく抹殺された。

ではどうやって曜変天目は日本に伝来したか。当時の文献には曜変天目を持ち出して富裕層に高値で売りつける商人の存在が書かれている。ただし、中国では曜変天目は綺麗だが恐ろしい異変の象徴であるとされ、おおっぴらには使われなかったようだ。こうした存在がいた以上、一部の曜変天目が日本に伝来した事も容易に推測できる。そして、中国人が感じた「恐ろしい異変」という概念は日本で消え失せ、ひたすらに華美で美しい茶碗として珍重されたのである。

 

このように素人目には「なるほど!」といった感じの論理構成をしている。しかし、村田珠光のあたりについてはネット上にも反論がなされているため、時間があればそっちも読みたい。

なにはともあれ本書は中国人の主観から日本文化を客観的に眺めたものとして、一定の価値があるといえる。読んで損は無いと思う。

なお、本書は古典からの引用が多い上に写真が数ページしかないため、ちょっと読みにくい。引用部分については適宜飛ばして読んだ方がいい。

www.amazon.co.jp

*1:ちなみに、「へうげもの」ではこの行為を最高の茶室・茶碗を作るための投資資金を得るためと解釈している。

秋の長崎旅行 2018 2日目 長崎造船所と針尾送信所、平戸城

10時間強制的に寝たらかなり体調は良くなりました。やっぱり風邪は寝て治すに限る。

 

本日最初の行き先は長崎造船所です。最近の工場のご多聞にもれずここも一般公開をしています。

www.mhi.com

ただし公開しているとはいえ、海上自衛隊の新鋭艦を建造したりしている工場なので、見学できる場所は「史料館」という建物内です。また、ふらっと訪れられる訳ではなく電話予約が必要です。

 

私たちは朝8時40分長崎駅発の初回で見学しました。駅前にマイクロバスがやってきたので見学料800円を支払って乗り込みます。

他にも客が来るかと思いきや私たち2人だけでした!一応日曜日なのに……。

 

駅から10分くらいで造船所の敷地内に入ります。ガントリークレーンやLNG船の建造現場が目の前から見えますが機密保持のため撮影禁止です。ちょっと残念ですがしょうがない。

「史料館」に着きました。この建物は木型場と呼ばれており、長崎造船所最古の工場建屋で、世界遺産にもなっています。

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ロマネスク建築のような重厚感を感じる建築です。

 

中はずらりと様々な展示品が置かれています。手入れの入念さからそんじょそこらの企業とは違う歴史を感じます。
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本当に色々置かれているので、本気でじっくり見ると2時間くらいはかかりそうですが長崎駅からバスで来ている都合上50分しか見学の時間がありません。

そのためか案内員さんが超スピードで解説してくれます。この解説についていければ50分ぴったりで全ての展示物を見れます。

 

入口にはものすごく偉そうな(実際偉い)岩崎弥太郎銅像が置いてあります。リーダーシップの塊みたいな人ですねぇ。現代の経営者からは感じられない覇気があります。
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背後にある写真は歴代の長崎造船所長です。これまたそこら辺の工場とは違う歴史と風格を既に感じます。

 

はじめに目にする巨大な銅鐸のようなものは江戸時代後期の「泳気鐘」という潜水道具です。鐘ごと人を沈めて、底から海中を観察するという超原始的な方法で海底調査をしていました。
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実際に中を覗き込めるのですが、ほぼ真っ暗です。これで調査していたという事がにわかには信じがたい物品でした。

 

これは明治期に英国から輸入したクレーンの銘板です。ぬめっとした鋼鉄独特の鈍い光沢を放っています。部屋のインテリアに欲しい一品。

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長崎造船所は戦前戦後にかけて軍艦も建造しているので、それらに関連する物品も数多くあります。

中でも注目度の高い逸品がこちら。f:id:harimayatokubei:20190121212150j:image

「艦号第二」ってなんだよ、と思うかもしれません。実はこれ戦艦「武蔵」の進水式で使用された支縄切断斧です。当時は「武蔵」の建造は国家機密だったため艦名を隠しています。

支縄とは船とドックを繋ぐ最後の縄で、これを切ることで船が進水します。「船の誕生」を意味する儀式なのでこの縄を切る役目は伝統的に女性が担います。

↓現代の支縄切断式はこちらの記事が参考になります。

ameblo.jp


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そしてこれが斧で割った時の台で、よく見ると中央やや右に切り傷がついています。これは断斧を担当した女性が緊張して手が震えたためだと言われています。世界一の巨大戦艦ですから無理もないですね。なお、ミリオタならすぐ分かるでしょうが写真の船は同型艦戦艦大和です。

 

こちらは鶴見発電所のタービンです。細かい羽根の一つ一つが職人によって溶接されています。
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メタメタにひしゃげているタービンは「スペイン向けタービンローター破裂事故」のものです。f:id:harimayatokubei:20190121212051j:image

事故の詳細は失敗百選に詳しいです。

www.shippai.org

要は試運転中のタービンが突如破裂、破片が飛散し4人が死亡したという事故です。11トンの破片は1.5kmも飛んだらしい(!)

実際に触ってみるとひしゃげている羽根ですら1cm近い厚さがあるんですよね。これが破裂するとは……。重工系の会社はカッコいイメージがあるのですが、こういう危険とも隣り合わせである事は心に留めておかねばなりませんね。

この他にも巨大タービンや超巨大岩崎家家系図など面白展示物が沢山あります。ミリオタはもちろんエンジン好きでも充分楽しめるでしょう。800円でこれは安い!

 

マイクロバスで長崎駅に戻ってから造船所の対岸に来ました。ザ港町という景観です。それも週一回しか船が来ないようななんちゃって港町じゃなくて毎日数万トン級の船が来航する港町です。いいですねぇ長崎。観光には最高です。坂が多すぎるので住みたいとは思いませんが……。
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ちなみに左の船は排水量13万トンを誇る「MSCスプレンディダ」です。奥に泊まっているイージス艦の14倍の大きさです!ただひたすらデカい。一度は乗ってみたいですなぁ。

 

レンタカーを借りて佐世保方面へ行きます。

途中で立ち寄ったところがこちらの「長崎工業高校」です。知ってる人は知っているでしょうが、かの有名な福山雅治の母校です。
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この日はちょうど文化祭をやってて中に(合法的に)入れました。まぁ福山雅治の母校とはいえ中は普通です。

 

長崎市を出て国道206号をゆるゆると北上します。次の目的地は針尾送信所です。長崎の珍スポットとして一部界隈で有名なの場所ですね。

長崎市から1時間ほど、西海橋に差し掛かったら全方左手に謎の柱が3本見えてきました。
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天を衝くように建っているあれこそが針尾送信所の巨大電波塔です。2階建の民家しかない田園地帯に忽然と建っており違和感が凄まじい。

 

橋を渡ってみかん畑を車で進む事5分で麓に着きました。f:id:harimayatokubei:20190121212202j:image

!!これはデカい!ヤバい!実際に根元から見上げると「でけぇ……」という感想しか出てきません。

ビルや大仏と違って捉えどころのない形をしているためある種の不気味ささえ感じます。

高さ135mなので東京駅前の鉄鋼ビルとほぼ同じ大きさです。都会に建っていても違和感はないけれど田舎に建っているためギャップがすごい。すごすぎる。

 

3本あるうちの1本は中に入ることもできます。これまたすごい眺めです。
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高さ135mもの吹き抜け空間は中々お目にかかれません。小窓から入る光も相まって近未来的な様相を呈しています。

電波塔が現役だった頃は3本の頂上を電線で結んでいたようです。

 

3本の電波塔の中央には現役の送信施設がある他に戦前の電信室もあります。

電信室は中に入れませんが近くまで行けます。蔦が絡んでおり古代遺跡のようですね……。背後の電波塔も相まって独特すぎる景観を成しています。
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見学受付は石造りで中世初期の教会のような素朴な雰囲気です。昼間はボランティアの方がこちらにいるのでタイミングが合えば案内してくれます。(私たちが行った時は昼休憩をしていました)。
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針尾送信所は正直かなり良いです。

長崎〜佐世保の途中にありますし国道からも近いし、長崎県を観光する際には寄るべき場所だと思います。見学に必要な時間もせいぜい10分ほどですので是非どうぞ。

 

送信所を出てハウステンボス佐世保市を横切って平戸へ向かいます。途中で昼飯を食べました。
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やっぱり九州は豚骨ですよね。普通に美味い。それに安い。

 

佐世保から車を走らせること1時間、平戸大橋を渡って平戸市に入ります。まず行くのは平戸城です。

平戸城は平戸湾の東側にある高台に位置しています。平戸市街地と交通の要衝である平戸瀬戸を一望でき、三方を海に囲まれているため防御も容易いでしょう。城の立地のお手本のような城です。

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二の丸の西側にある駐車場に車を停めて登城します。まずは三重の乾櫓が見えてきま。往年は平戸城で最も大きく象徴的な櫓だったようです。昭和に復元されました。下見板がやや赤っぽい感じがします。

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平戸城は小さめの城ですが、現存の櫓と門があります。こちらは狸櫓で現存の平櫓です。
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規模はあまり大きくなく城の櫓っぽくありません。

狸櫓の隣には石狭間がある塀があります。狭間は普通は壁に開けるのですが、こうした石積に開ける事は非常に珍しいですね。
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 おそらく本丸下を狙っているのでしょうが、塀の外が雑木林なのでよく分からない…。

急な坂を登って本丸に至ります。こちらの門は復元です。
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 ちなみに平戸城は1707年に再建された城です。石垣技術の最盛期であった慶長年間(1610年くらい)から100年近く経っているせいか石垣は全体的に未熟な感じがします。例えばこの門の石垣も石が小さいし算木積みが甘くなっています。

 

二の丸と比べてかなり狭い本丸に平戸城天守閣が建っています。ただ、江戸時代はこちらの天守閣があった場所には普通の二重櫓が建っていたようです。
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二重櫓用の小さい石垣の上に無理やり建てたため、外からは3重、内からは4重に見えるといういびつな構造になっています(写真は横からの様子)。

中は平戸藩主松浦氏ゆかりの品が展示してありますが興味深いものが無かったので割愛。

最上階からは平戸城下町が望めます。

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反対からは平戸瀬戸がバッチリ見えます。平戸城が建てられた理由がこの眺めで分かります。
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見えている櫓は見奏櫓と懐柔櫓です(どちらも復元)。懐柔櫓とは大変珍しい名前ですがどう言った由来なのでしょうか……?

本丸と二の丸(左上)を見下ろします。本丸の塀がやけにカクカクしており山鹿流らしい感じです。そういえば同じ山鹿流で設計された赤穂城も同じようにカクカクしていました。

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天守閣を降りて城を出ます。狸櫓の隣には現存門である北虎口門があります。窓の配置が面白いですね。
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左右の塀の狭間がかまぼこ型と細長い台形をしています。この城は狭間も特徴的で面白い!

北虎口門の横には地蔵櫓(復元)があります。このあたりは高めの石垣が続いており城っぽい景観です。


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城を下って平戸城下町から城を眺めます。天守閣が非常に目立ちますね!一方、三重の乾櫓は木々に隠れて殆ど見えません。
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こういう光景から天守閣のシンボリックさがよく分かります。模擬だろうとなんだろうと天守閣を建てる、という平戸市の判断は間違っていなかったと思います。模擬天守は城オタク的には微妙な気もしますがww

平戸城は全体的に木が生い茂っており、捉えどころがない城でした。正直言って構造はかなり分かりにくいです。また、復元された櫓や天守は多いものの、考証が雑な印象も受けました。

とはいえ現存の櫓と門がありますし、何より天守閣からの眺めが大変良いので平戸に来たら登っておくべきでしょう。

 

平戸は明治以降大きく発展しなかったおかげで昔ながらの街並みがよく残っています。
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個人的にはかなり好みですが立地のせいであまり観光客は来ていない印象です。頑張れ。

また一時期は日本の対オランダ貿易の玄関口になったため、オランダ関連の史跡がいくつかあります。

これはオランダ塀。この下にあったオランダ商館を覗かれないように築かれました。
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これはオランダ井戸。オランダ商館で使われていた井戸です。
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こちらはオランダ埠頭。ここで荷物の積み下ろしをしていました。
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こういう細かい遺跡は歴史を直に感じられて良いですね。ちなみにオランダ商館は倉庫が復元されています。今は史料館になっているのですが時間が無いので今回はスルーしました。

 

町からは平戸ザビエル記念教会が望めました。ちなみに手前には寺があります。日本人は宗教の対立という事象に疎いのですが、ここ長崎では一筋縄ではいかない展開があった事が想像できます。
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夕陽が綺麗そうなので平戸島の北西にある生月島へ行きます。

生月島の西海岸は断崖絶壁が続いており豪快な景色になっています。これは御崎柱状節理です。切り立った崖に柱のような石が連なっています。なかなか不思議な光景です。
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柱状節理から車で5分ほどで本日の最終目的地である大バエ灯台に着きました。
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若干ずんぐり気味ですがシンプルな灯台です。夕方なのでレンズが灯っています。やっぱり灯台は光っている方がそれっぽいですね。

また灯台にベランダが付いており、レンズの間近まで行けます。こういう灯台は非常に珍しいですね。レンズの前に観光客が立ったら光が見えにくくなってしまうと思うのですが大丈夫なのでしょうか。

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灯台だけあって眺めは最高です。こいつはいい夕陽が見れそうだ。
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……と思ったら微妙に曇っているせいで中途半端な夕陽になってしまいました。だるま夕陽も狙えそうだったんですが、残念!
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この日は佐世保郊外に宿を取っているため1時間かけて戻りました。体調は回復したと思いきや今度はなぜか咳が止まりません!死ぬほど咳き込みながら眠りにつきました。でも咳が止まらないから寝れねぇ……。

harimayatokubei.hatenablog.com


つづく