転がる五円玉

大学院一年生のみたままを書こうと思います。旅行・アイマスなど

三原城 ~市街地に埋もれた城

広島から新幹線で三原まで来ました。

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航空写真を見れば分かるのですが、かつての城の上にJRの三原駅が完全に横たわっています。そのせいで本丸は分断され、二の丸は駅前広場となり、その他の郭も市街地となって埋没してしまっています。

とはいえ、立派な天守台や市内の所々に石垣が残っているのも事実。今回はそんな三原城を2時間程度で歩いてみます。ルートは以下の通り。

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早速ですが、新幹線のホームからは天守台が見えます。ものすごく立派で、大きさだけは姫路城や熊本城のような大城郭にも全くひけをとりません。

 

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改札を出て駅のコンコースを通って天守台に登ります。

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やはり広い。最早天守台というよりは1つの郭のような大きさです。

 

天守台に三原城の絵図の看板がありました。

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陸側の防備が薄いような気がしますが、そもそも北からの攻撃は想定していないようですね。

 

駅を出てまずは天守台の東側へ出ます。石垣の中に通路が開通しているのが独特です。

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天守台を改めて見ると扇の勾配が非常に美しい。元々海に近い立地なので勾配が緩いのでしょうか。

 

地図を見ていると、かつての堀跡にマンションが建っていそうなので向かいます。

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予想通り駐車場の周りに石垣が残存していました。ただ、完全にマンションの敷地内なので若干入りにくい雰囲気。

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この明らかにクネクネした謎の溝もおそらく堀跡でしょう。

 

南に向かうと、鉄道の高架下に石垣が残っていました。

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このように、かつての石垣跡を辿っていくと予想よりも石垣が残っています。これは結構面白いですね。

 

高架をくぐって南に行くと、水堀が残っています。

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底は砂・・・ですね。非常に浅いためか水が澄んでいるように見えます。

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ここも良く見たら石垣が建物の下に残っていますね。写真の石垣の上には枡形門があったはずなのですが、跡形もありませんでした。

 

近くの県道55号線からは船入櫓の石垣がよく見えます。これは天守台意外では最大の石垣ですね。

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昔は大規模な堀が横にはあり、南は瀬戸内海だったはずなのですが、今では1mにも満たない堀があるだけです。

 

こちらの面は完全に公園と同化しています。昔はこの公園も海の下でした。

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本丸沿いに西へ歩きます。このあたりはだいたい道とかつての郭が一致しています。少し気になったのが、これ。

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普通の雑居ビルの壁がやけに石垣っぽくなっています。しかも、位置は昔の石垣と完全一致。普通に考えてただの壁なのですが、違和感がすごい。要検証かもしれません。

 

三原国際ホテルの裏手に石垣が残っています。

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高さはそれほどないので割と地味ですねぇ。おそらく、昔の三原城の石垣はほとんどこんな感じだったのでしょう。

 

高架を再びくぐって天守台の西広場まで出ます。

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この日は三連休だったからかお祭りが開かれていました。この広場は昔武家屋敷が立ち並んでいたようです。

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最後に天守台を見て終了!

 

広島城の支城という立ち位置だからか、割とこぢんまりと纏まっている印象の城です。ただし、天守台は例外。これだけは日本の名だたる名城にも引けをとらないインパクトがあります。

また、駅周辺に点在している石垣をちまちま発見するのが結構楽しいです。この城を訪れるなら是非ともネットで昔の縄張図を見つけてみて下さい。

 

おわり

廃止間近の三江線乗車② 江津→三次 2018年2月

江津本町駅に着きました。

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わずか一駅でこの秘境感。流石は三江線です。

待合室の中は至って普通の感じ。

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駅寝はしやすそうですね。ただ、掲示板には注意書きが書かれていました。

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もの凄く静かな駅です。ホームに立ちながら江の川の流れを眺めていると、時の流れがゆっくりという言葉を実感できます。

20分ほど駅に佇んでいると列車が来ました。431D浜原行きです。

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意外にも二両編成。鉄オタでいっぱいかと思いきや一車輌に5人程度いるだけでした。やはり浜原から先が不通だからでしょう。

 

江の川沿いを走行していきます。

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しかし、速度が出ない。先頭から車窓を見ているとよく分かるのですが、30km/h制限区間が多すぎて全く本来の性能を出せていない感じ。どうやらこの徐行は名前まで付いているようですね。

必殺徐行とは (ヒッサツジョコウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

また、線路際の草木が繁茂しすぎているせいで、割と頻繁にバチバチッ!と派手な音を立てて草木の枝と接触します。正直言って結構驚きます。

 

この区間三江線でも最も古い区間であるためか、本当に川沿いをクネクネ進んでいきます。しかし、平行する道路の車に余裕で抜かされているのが悲しい。

 

だんだん霧が濃くなってきました。川すら見えず車窓も単調です。

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淡々を駅を眺めているうちに石見川本駅に到着しました。地元客と見受けられる乗客が数人下車していきました。

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江津から初めての列車交換駅なので対向を待ちます。5分程度なので途中下車はできませんが、しばし撮影タイム。

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列車交換駅だけあって若干の賑わいがあります。それでも一日の乗降人数は22人なのですよね・・・・・・。

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廃線時独特の幕もあります。

 

対向が来たのですぐに出発します。相変わらず速度は出ませんが、淡々と東へ進みます。ちなみに、ここから先は地元客は一人もおらず全員終点まで乗りました。

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途中でいくつもの駅を過ぎてから、

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終点である浜原駅に着きました。

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時刻は既に午後7時前。完全に真っ暗ですね。

 

駅の待合室は10m四方くらいで乗降客数と比較して大きい印象です。三江線は浜原で乗り継ぎとなる列車が多く存在しているからでしょう。

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駅前広場には自動販売機が煌々と光を放っていました。

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家々からは全く光が見えませんが人は住んでいるのでしょうか・・・?ちなみに、駅前の人気の無さに反して車は時々通りかかります。

 

なんだかんだで30分程度は暇なので駅やその周りをウロウロしていました。

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定刻より10分程度遅れて代行バスが到着しました。

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浜原からの乗客は全部で7人。満席です。2人が潮駅、私が宇都井駅で他は三次まで行くようです。

 

潮~石見都賀間は国道375を通ることもあってか、とてつもない速度でブッ飛ばしていいます。遅れを取り戻さなければならないこともあってかとにかく速い!!!

 

と、いう訳でほぼ定刻で宇都井駅に到着しました。

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乗る人もおらずすぐに発車していきました。

 さて、宇都井駅ですが、これはすごい。

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写真ですと凄さが中々分かりにくいですが、とにかく凄い。単純な高さではなくて、過疎地帯にこのような巨大な建築物が聳え立っていることが凄い。真っ暗な山中を走行していてこの建物が突然見えると本当に驚きます。この周辺だけ異次元というか亜空間というか明らかにここ数時間の田舎とは異なった雰囲気です。

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宇都井駅からすぐの民泊である「うづい通信部」からは駅が非常によく見えます。ライトアップも思ったより本格的でした。

 

民泊は素泊まり4000円、夕食1000円、朝食500円です。1人でも2人でも受け付けているようですので、三江線に来たときは是非ともいかがでしょうか。

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ちと見苦しいですが部屋の写真も。明日は朝6時29分発の三次行きに乗るので10時には就寝して5時半に起床しました。

 

朝食を食べて駅に向かいます。50mくらいの距離なのですぐに着きました。よく考えたら昨晩に駅を上っていなかったため10分くらいしか時間はありませんが、今登ります。116段、急げッ!

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普段から登山しているためか1分程度で着きました。ゼェハァ

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明かりが灯るホームには小雪が舞い散ります。駅の周囲を眺めても民泊の明かりしか見えません。本当に山奥の駅です。

待合室は普通ですね。もっとも列車の本数は極端に少ないですが。

階段を大急ぎで下りている途中で、「お客様にご連絡します。代行バスは地上の駅前広場に到着します。ホームにはやってきませんのでご注意下さい。」という放送が流れてきました。どうやら、宇都井のような駅も拠点駅からちゃんと監視しているようです。

 

ほぼ定刻に代行バスがやってきました。

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どうやらこの便の代行バスは国道を速達で走る中型バスと、細い道にも入れるバンの2台体制で運行しているようです。確かに地図を見ると、三江線が国道からちょくちょく外れるせいで、自動車では結構非効率的なルートになってしまいます。

 

口羽駅で中型バスに乗り換えました。乗客の移動は以下の通り

  • 中型バス→バン 鉄オタっぽい男性
  • バン→中型バス 地元客のおばあさん・私

中型バスは口羽→三次ノンストップ直通です。下手したら三江線よりもよっぽど使い勝手が良い・・・。

国道から車窓を眺めていると良く分かりますが、三江線沿いの方が家並みがありますね。明らかに島根側より発展(?)している印象です。

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無事に定刻よりも10分早く三次駅に到着しました。駅前にアパートもあるし明らかに今までの駅とは違う発展度です。

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これにて、ほぼ三江線完乗達成です。やはりと言うかなんと言うか、本当に鉄道である意味がない地域にある路線だな・・・・・・という感想。代行バスに乗ってよく分かりましたが、バスの方が100倍便利でした。

また、宇都井駅を見て思ったのですが、あの立派な駅は一体どれだけの利益を稼ぎ出したのでしょうか・・・・・・。そう思うと暗澹たる気持ちになります。

終点駅がもうちょっと都会であてば観光列車を走らせることも出来たのでしょうが、あらゆる意味でアクセスが悪いため不可能となってしまったようです。木次線が観光列車を走らせる余裕があるのは、松江と出雲という都市の近くから伸びているからでしょうね。他の路線もギリギリの状況ですが、なんとか頑張って欲しいところです。

 

おわり

 

 

廃止間近の三江線乗車① 江津→三次 2018年2月

2018年3月いっぱいで廃止される三江線に乗ってきました。

三江線は私にとって「存在は知っているがアクセスが悪すぎて乗れない」という路線の筆頭でした。悲しいくらいに少ない本数、始発終点駅の小ささ、100kmもありながら3時間以上もかかる鈍足・・・・・・最早なぜ存在するのか分からない路線であったと思います。

案の定、JR西日本は廃止を仄めかし、周辺自治体は努力したものの人が根本的に少なすぎて赤字解消など夢のまた夢で、ついに廃止が決定。いよいよ廃止となれば乗らない訳にもいかないので乗車しましてきました。

浜原~三次間が大雪によってバス代行となっており本来なら旅行は延期したいのですが、3月は就活と被る為このタイミングしかありませんでした。それに18きっぷシーズンになるとのんびり乗り鉄なんてできないでしょうしね。

まぁ、私は代行バスに乗ったことが無いので良しとしましょう。

 

まずは羽田空港から。JALカードNaviを持っているためわずか3000マイルで片道航空券を入手できました。

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羽田空港

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↑出雲縁結び空港

20時頃に出雲縁結び空港に到着して、バスで松江へ。思ったよりも凄まじい雪の量に驚きました。駅前のカプセルホテルに泊まってから、まずは松江城へ。

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松江城については別記事にて。

 

12時前に松江駅にやってきました。

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島根県の中心駅ですね。ただ、山陰の中心駅は境港線や伯備線が乗り入れる米子駅である印象です。

三連休の初日だからか駅には結構人がいますね。松江は寂れている想像でしたが、駅の中は少なくとも人はいますね。

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特急もバンバン来るので眺めているだけでも楽しい。

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普通列車が全然来ないあたり、往年の北陸本線を思わせます。

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この381系もそのうち乗っておかなければなりませんね・・・・・・。

 

さて13:20分発の3455D益田行きアクアライアーで三江線の接続駅である江津へ向かいます。車両のキハ126系は見た目がしょぼいものの、座り心地の良いクロスシートが完備されてる上に、結構な速さで西へ進んでいきます。

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・・・進んでいたのですが、対向列車が遅延しているため通過駅で15分以上の待ち合わせをする羽目に。このあたりで私を含めた同業者がソワソワし始めました。なぜなら実はこの列車は江津で三江線との乗り継ぎ時間が10分しかないのです。江津で乗り継ぎ調節をしてくれれば間に合うとは思うのですが・・・・・・。

 

とうとう先頭車に乗っていた男性が運転手に直接問い合わせました。

運転手「え~、この列車は江津駅に20分遅れで到着する見込みです。

運転手「よって、三次行きの三江線には乗り継げませんのでご了承下さい。

 

oh・・・・・・結構ショック。知っての通り三江線は日本屈指の閑散路線。1本逃すのは結構キツい。

幸いにも15:15発の三次行きの次は16:33発。割と近いので影響は思ったよりも少なそうではある。なんという事を考えていたら江の川を渡って江津に着きました。

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アクアライナーとはここでお別れです。

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江津駅は有人駅であるためか、思ったよりも活気はありますね。

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ただ、一日の乗車人数は369人のみ島根県西部の急激な過疎化を物語っている人数です。駅舎にいるのも数人のみ。

 

電光掲示板を見れば一応は拠点駅である事が分かります。それに本数も結構多そうですね。

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さて、本来は15:15発の三次行きで広島まで行くつもりでしたが、遅延のせいで変更せざるを得ません。あり得る選択肢は以下の通りです。

①このまま16:33発で三次へ

18時前に日没であることを考えると路線の大半が真っ暗な状態で通過することになる。最初で最後の乗車でそれはないので却下。

②浜田まで行きネットカフェで一泊、翌朝の始発で三次へ

車窓は楽しめるが、広島着が本来の予定より15時間遅れてしまう。また、江津~浜田間の運賃も余計にかかる。

③途中駅で宿泊

実は高架で有名な宇都井駅の近くには民泊が存在する。1泊4000円で電話をしたところ宿泊可能とのこと。宇都井到着は19時過ぎで三次行き始発は6時29分なので暗いことは暗いが、宇都井駅をゆっくり見渡すことは貴重な体験である。

 

いくつかの事情も考慮しまして、③の宿泊案に決定しました。やはり宇都井に泊まれるのは貴重だからです。

宿は朝食と夕食は用意してくれるらしいので食料の調達もしなくてよいそう。江津駅にもコンビニはないので助かった。

 

予定が決まれば一気に余裕が出てきました。16:33分発の列車まではまだ45分ほどあるため、折角なので隣駅である江津本町まで歩きます。

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1.5kmくらいなので余裕ですね。

 

人気の無い江津市街を歩いていきます。

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5分もすれば江の川に出ました。河口部だけあって非常に広い。利根川のようです。

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山陰本線の鉄橋とパルプ工場の煙突が見えます。

反対を見ると、国道の真新しい橋も望めます。

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何もかもが微妙に古いこの街で唯一の大規模な新しい建造物ではないでしょうか。

漫画のような崩壊の仕方をしている家も散見されました。

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三江線の脇をしばらく進むと・・・・・・

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江津本町に着きます。ここは江戸時代の代官所があった地区であり、いわば旧市街と言った場所ですね。

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趣のある建物も多いですね。

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ほとんど開発がなされていないためか、非常に雰囲気があります。もう少し観光地として名があっても良い気がしますね・・・・・・。腐らせておくのが勿体無い。石見銀山の関連遺産としては登録できなかったのでしょうか。

 

まぁそれはさておき、市街地を離れて少し進むと三江線の江津本町に着きます。

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まだ一駅だというのにこの秘境感。さすが三江線です。圧倒的ポテンシャルを感じる。

 

harimayatokubei.hatenablog.com

つづく

 

 

 

 

 

 

コミケで北朝鮮本出します 

久々の投稿はこちらになります!

 

「大学生4人が行く 北朝鮮 2016年夏 前編」

コミケ3日目 東Q14b「転がる五円玉」にて頒布します。

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全36P。ほとんど文で、10ページほどがカラー写真です。

値段は800円。

コミケどころか同人誌作成が初めてなので至らない所だらけだと思いますが、何卒よろしくお願いします。

美濃赤坂散策 西濃鉄道昼飯線歩き(2017年10月)

大垣駅に戻ってから美濃赤坂に向かいます。

 

美濃赤坂支線とは!

東海道本線の支線。新幹線からもよく見える大垣市北方の鉱山から石灰を運び出す役割がある。貨物列車の他にも旅客営業をしており、ある意味では東海道本線の終点とも言える。

 

大垣駅ではちょうどいい感じに乗り継げました。

18きっぷ旅行ではまず行く事の無いはじっこに停まる二両編成がなんとも言えないローカル線感を出していますね。

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わずか5分程度で終着の美濃赤坂に着きました。

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構内が広いですね。さすがは貨物線として賑わっていただけあります。ただし、今では左に見えるホームは使われていません。

 

こちらが終端部になります。まぁ普通と言えば普通。

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駅舎自体は中々渋くて良い。おそらく昭和の昔から変わっていないのでしょう。

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今では駅員もいないのが悲しいですね・・・。

ちなみに土日の日中はほとんど列車がありません。

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3時間以上空くとは・・・。私が乗ってきた列車は12時53分に戻ってしまうのですが、あえてそれには乗らずに美濃赤坂を散歩してみます。

 

軽くリサーチをしたところ、

・中仙道の宿場町だった

廃線がある

とのことでしたので、今回は廃線をチョイス。西濃鉄道昼飯線は2006年に廃止になった貨物専用線です。全線で3駅しかなく、長さも1.9kmなので軽く歩けますね。

西濃鉄道昼飯線 - Wikipedia

しかも良く見たらGoogleMapに路線跡が書かれてますね。

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まず初めは美濃赤坂駅構内の片隅にある駐車場です。見ての通り、線路跡がくっきり残ってます。

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すぐ近くの踏み切りにも線路が完璧に残ってます。ここまでハッキリしているとテンション上がりますね。

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特に立ち入り禁止でも無さそうだったので廃線歩きを始めます。

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だがしかし!ものの50mで藪だらけ。いくらこういう道を歩きなれているとはいえ中々厳しいものがあります。

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それにオナモミがズボンにくっつきまくるので泣く泣く撤退。普通の道を歩いて途中にある美濃大久保駅に向かいます。

 

道の途中には「ふみきり ちゅうい」の看板がまだ残ってました。

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20分ほど歩いたら美濃大久保駅に着きました。この駅はスイッチバック形式(青森駅とか函館駅みたいな感じ)になっているため、一見すると終着駅のようです。

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構内には思ったよりも鮮明に線路が残っています。これは凄いな・・・。

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このあたりには今列車が走ってきてもおかしくないような雰囲気すらあります。

 

終点の昼飯駅に向かって歩いているとかなり珍しいものを見つけました。

・・・・・・!?これはもしや遮断機の見張り番小屋・・・??

手回し式のハンドルもありますし、間違い無さそうです。おそらくこれは第二種踏切道という形式の踏み切りだと思いますが、跡地の現存例を見れるとは思いもよりませんでした。

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もはや崩壊寸前なのでいつ取り壊されてもおかしくはありませんね・・・。ちなみにすぐ横は江戸時代の史跡である兜塚があります。

 

美濃大久保~昼飯間は線路が撤去されている場所もありますが、周囲の建物の形でなんとなく路面は推察できます。

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ちなみにこのあたりの工場は古田石灰工業所というらしいです。茶人の古田織部の出身もこのあたりなのでもしや・・・?

 

10分ほど歩いたら終点の昼飯駅に着きました。f:id:harimayatokubei:20171125011842j:plain

いや~~~雰囲気怖ぇ~~~。駅舎もさることながら枯れ草が絶妙なアクセントとなりえもしれない雰囲気を醸し出してます。

 

駅舎は近くで見ると本当に普通の家って感じですね。

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しかし良く見るとしっかりと『昼飯駅』の看板が残ってます。

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「昼」が旧字体の「晝」ですねぇ。少なくとも戦前から掛かってそうです。

ヤード自体は残ってはいますが、線路は既に消えています。

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昼飯線歩きはここで終了です。予想よりも線路がはっきり残っていましたが、転用がほとんど無いことから、この地域があまり賑わっていないことも感じてしまいました。

 

中仙道の向こうに小山があったので行ってみると古墳がありました。

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思ったよりも大きい!全長150mの昼飯大塚古墳です。

一部は完全に復元してありますが、大部分はそのまま残されている整備の仕方は好感が持てます。

周囲に高い建物がないため、頂上からの景色が良い!中央に見える山はおそらく南宮山です。

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奥が晴れてて手前が曇ってるので分かりにくい写真になってしまった。

 

赤塚宿にある御茶屋屋敷跡に着きました。古墳から10分くらいです。

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お茶屋屋敷跡は簡単に言えば江戸幕府将軍の宿泊地です。ただ、ここは作られたのが関が原の戦いから9年後という、江戸と大阪の緊張が高まっていた時期でした。そのため、堀や櫓まであったようです。

 

そのため、周囲には空堀がしっかりと残っています。

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中は個人所有となっており、かなり整備されています。ぼたん園になっていますので、身頃では賑わうのでしょう。

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ちなみにこの日はコスプレ?の撮影をしていた人がいました。

 

この時点で14時15分になりました。16時7分の美濃赤坂発の列車に乗ったら名古屋での用事に間に合わないので、養老鉄道東赤坂駅を14時52分に出る列車に乗ります。実は2kmくらいしか離れていないので十分歩けるんですよね。

 

中山道の宿場町であったころの遺跡を見ながら東に行きます。

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銀行も景観に配慮していて良い感じです。

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ちなみに、赤坂宿の東には西濃鉄道の別の路線である市橋線が通っています。レールを見れば分かるようにこちらは現在でも貨物列車が走っているようです。

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この瀟洒な建物は赤坂港です。昔は杭瀬川の河川交通の要だったので大変賑わったそうな。

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現在の杭瀬川は流路変更によって移動してしまいましたが、船着場が史跡として残っています。

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赤坂宿を抜けてからは田んぼと家が点在する地域を抜けて、無事に養老鉄道東赤坂駅に辿り着けました。

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この後は大垣駅で名古屋行きに乗り換えまして、本日の散策は終了です。」

美濃赤坂は鉄オタ的には支線として有名でしたが、廃線とか古墳とか思いのほか色々あって意外と楽しめました。また、市橋線は遮断機もない踏切の宝庫らしいので、再度訪問もアリかな~と思います。