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転がる五円玉

大学四年生のみたままを書こうと思います。旅行・アイマスなど

8/18 涿州観光 北京付近の三国志関連遺跡 三義宮

北京旅行記

北京滞在も残り二日なので長年行きたかった涿州にいくことにした。

涿州とは・・・北京の南にある小都市。劉備の生まれ故郷で、三国志はじまりの地として有名。

三国志オタク以外はまったく知らない地名だし、実際に観光客も少ないどころか全くいなかった・・・。しかし、それでも行くのが三国志ファンとしての使命。私も漢王朝の復興を小学校の頃に将来の夢に書いた人間なのでいかねばなるまい!

 

というわけで朝8時に宿を出発してまずは涿州への路線が出ている北京西駅に行く。

しかし、生憎の土砂降り。

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北京ってこんなに雨降るんだな・・・と思いながら駅構内へ。

涿州行きの列車は二時間後の当日の便を余裕で取れた。

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↑北京駅のコンコース

 

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↑わずか一駅で降りるのに雲南省昆明行きに乗る。

もちろん硬座で運賃は15.5元。所要時間は40分。

ソシャゲで時間をつぶしていると到着した。

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涿州駅。見事なローカル駅である。

ここから三国志の遺跡まではちょっと離れているのでバスかタクシーを使わなくてはならない。

しかし、生憎の雨なので今回はタクシーを使うことにした。

「駅→三義宮→張飛廟→駅 100元」と書いたメモを運転手に見せると、了解したようなので乗り込んだ(もうちょい値段下げればよかった・・・)。

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↑タクシーはタクシーでも三輪タクシーだった

 

幹線道路をガタゴト走るとこんな看板が見えた。

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うおおおおおおおおっ!!!

もうちょいやんけ!!

テンションが上がってきたところでわき道に逸れていよいよ到着した。

 

①三義宮

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キターーーーーーー

とうとうやって来た。ここが三国志はじまりの地である三義宮である。

もちろんこの建物は当時のものではない。だが、この場所からすぐ近くに劉備が、関羽が、張飛がいたことは確かだ。

かなり興奮しつつ20元のチケットを購入して中に入る。

 

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↑う~~む、渋い・・・

中には観光客は1人もいなかった。

以外にも手入れされた道を進むとまた門がありチケット確認があった。

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↑チケット確認の門にあった赤兎馬と馬子

 

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↑中に入ると中央にデデン!と建物が見える。これこそが三義宮である。

 

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中に入るとゴールデン劉備が出迎えてくれた。

いやはや、物凄い迫力。

今にも動き出しそうな雰囲気さえ漂っている。

「必ずや漢王室の復興は私が成し遂げます」と御前で誓った後に賽銭箱に10元を投じてから他の像を見る。

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↑武将エリアには趙雲黄忠がいた。なぜか馬超はいない

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↑文官エリアには諸葛孔明や鳳統らがいた。孔明は分かりやすい。

 

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関羽張飛は独立した廟があった

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↑督郵を棒で打つ張飛。序盤の有名シーン

 

三義宮・関羽廟・張飛廟が主な建物で、それ以外にも石碑などがあった。

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↑堂々と立つ桃園の誓いの石碑

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↑裏は婦人の廟や

 

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劉禅の廟は全国的に珍しいのではないだろうか

 

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↑意味は良く分からないが・・・漢詩

30分ほどで全て周ったので今度は張飛廟に行く。

文章では冷静だけど実際にはもっと興奮して常に深呼吸をしながら見学いていました。

 

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↑三義宮の近くにあった建物

 

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↑三義宮から張飛廟に行く途中にあった三義広場

 

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張飛廟への道。周りはとうもろこし畑

 

張飛

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↑三義宮と比べるとそこまで立派ではない張飛

三国志をよく読めば分かるが、桃園の誓いは張飛の家にあった桃園で行われている。つまり、さっきの石碑などは「このへんで桃園の誓いがあった」という意味なのだろう。

 

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↑中にあった結義亭。こっちのほうが臨場感はある

 

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↑得物の蛇矛。持ち上げようとしたがピクリとも動かなかった。

 

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張飛が肉を吊るして保存していたと伝わる井戸

これは文革の破壊を免れた遺構のようだ。

 

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↑清の時代に建てられた石碑

 

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↑肝心の張飛廟。三義宮に勝るとも劣らない立派さ

 

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↑薄暗かったが、ギョロ目が強調されていることが良く分かる。

後ろは張飛名場面集。長坂橋とか馬超との一騎打ちが描かれていた。

張飛は個人的に三国無双で初めて使ったキャラなのでそこそこ思い入れがある。

ここに来て分かったがコーエーモデリングが中国のステレオタイプな張飛像を元にしていたのか。

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↑廟の裏手にあった張飛墓。

墓・・・!?予想外の建物だが、とりあえず入った。

 

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↑墓の内部にあった像。この墓は特に首とかはないらしい。

10元を投じた上でなんとなく拍手を打った。

これで見所は全て終了したので、タクシーで一旦駅まで戻った。

 

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↑駅から徒歩5分くらいの道

 

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↑鼓楼大街。黄巾賊討伐の義勇軍募集の看板が立ってた通り。

2000年前からの通りが残っているのは素直にすごい。

いまとなっては本当に何の変哲も無い通りだが、少し目をつむれば後漢時代の光景がまぶたの裏に写るはずだ。

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刀削麺を食べた。7元なのでおよそ北京の半額。

 

見所もだいたい見たので駅に戻る。

 

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↑北京への終電が14時すぎってどういうことやねん

例によって待合室で待ってからホームへ。

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↑北京西駅行きの列車

 

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重慶から来たのか!?

 

車内はなかなか気だるげな雰囲気でした・・・というか乗客全員が汗臭い。

また、車内はひまわりの種だらけだった!

 

15時前に北京西駅に到着。16時前には宿に帰った。

結果的には8時間あれば北京から行って帰ってこれました。

 

北京からの日帰り旅行に最適かも?